第5回・1962年
ビーチハウスで美容アドバイス
~東洋のマイアミで~

1960年頃のサマー化粧品(現品)
左上から時計回り、サニーカラー(日焼けを防ぎ海水にも強い) 500円 4色(1962年)、サニーオイル400円(1962年)、
サンタンクリーム 200円(1954年)、スナック(脱毛クリーム) 200円(1957年)

海水浴は、幕末の頃に居留した外国人や海水浴を医療として唱えた日本人医師などによって広められました。1887年(明治20年)には、東海道鉄道の横浜-国府津間が延伸されたことにより、由比ヶ浜、鵠沼、大磯での海水浴が人気を高めていきました。さらに、1902年(明治35年)には、江ノ島電気鉄道が藤沢-片瀬間をつなげたことで、海水浴と江ノ島観光を楽しもうとする人が増え、今でいう湘南は大いににぎわったそうです。

それから60年を経た昭和の中頃、湘南・江の島での海水浴人気は衰えることを知らず「東洋のマイアミ」とまでたとえられるようになっていました。その江の島海岸でのイベント記事を「カネボウ化粧品ニュース(1962年8月20日号)」の中で見つけました。そのイベントとは、当時江の島海岸での海水浴の拠点となっていた東急江の島レストハウスの前で「海浜美容室」を開設し、約100名の美容部員(ビューティカウンセラー)が、美しい日焼けのし方、日焼けケア、ヘアケアなどのアドバイスやメイクアップサービスを実施したものです。近頃でも化粧品会社が湘南にビーチハウスを開設していることがありますが、既に今から半世紀以上前にカネボウは、サマーレジャー向けの美容サービスを提供するビーチハウスを設営していたのです。記事からは、当時の海水浴場の活況と夏のお化粧への関心の高さがとてもよく読み取れます。また、「カッパ連」「アベック」など今ではあまり使われなくなった表現も散見され、懐かしさを感じられます。

上の写真は、当時のサマー化粧品の広告を当時の現品で再現したものです。手前のチューブの製品の容器はアルミなので少しデコボコになってしまいましたが、中央の「サニーオイル」はきれいに保存されていました。これは、1962年に発売されたカネボウ初代のサンオイル。キャップの真紅は太陽を、ガラス容器は紺碧の空と海を彷彿させ、今見てもシンプルで美しく、全く古さを感じさせません。肌だけでなく、髪にも使えたようです。

初代サマー化粧品発売から約60年を経て、カネボウのUVケアは今や「次世代UV2.0」。今年の夏もアリィー※で自分らしく楽しくお過ごしください。